という部分が多々あるのである。

 

アパートでの一人暮らし、そしてあらたな企業へ

 

大体私はそのような過程を経て2006~7年ごろからワンルームアパートを借りてそこに定住した。仕事もなくし、特にやることもない私は、とにかく以前の宗教に戻ろう、そこで活動をしようとした。ところがおかしいのである。まずその以前からいたその道場の信者であるが、まったく態度がおかしい、以前とは違うのである。

 いわゆる私がかつて訪問販売の会社を追いだされた、いろんな嫌がらせ的なことを受けてだ。それとまったく同じ様な嫌がらせを、今度はそこの道場の人間がなぜだか私にしてくるのである。

 一体その理由はなんなのだろうか?その当時私は考えてもなかなかこうだから?というものが得られなかった。というのはその道場の人間とは以前から交流があったが、何かそこに悪い関係があるというわけでもなかった。

 ところが私が自分の人格、内面を磨き、高めようと道場の以前は率先してしなかったであろう便所掃除も、床掃除も、窓拭きも、積極的にやりだしてから、周囲のその道場の人間の行動が著しくおかしくなっていったのである。

 当時、なぜそういうおかしな行為、もういろんな嫌がらせ的な行為、悪戯が後を絶たない。すべて間接的ではあるのだが、すべて意図的にしているということがもう見たらわかるのである。ただ間接的なので、実証拠、実形としての証拠性がないというだけで、明らかに意図する嫌がらせである。

 それで理由はわからないのだが、その道場に再び私が通うようになったときあたりから、その宗教団体においても、私の扱いを大きく変えようよとしていた。つまり一切が、世の中が、私を中心に動き出したのである。メディアも私のいっていること、発言を記事にする。その宗教のトップも、毎月の本殿の教示で、私一人だけに対して教示する、流れる歌もすべて私のために私のことを言っている歌を流す。冊子も、何もかも、私のことを示してくるのである。さらにもう忘れ去られて相手にもされるはずがない、途中でその道を逃げて捨ててきた、私に過去のその宗教の学校の同僚から同期会に招かれて、さらに教団のトップとも面会したり、結婚式にも行く度も招いてもらい、一切の発言、現象が、すべて私のことを持ち上げ、私のことを素晴らしいと、吹き上げようとするのである。

 それで当時、私は「ははぁ~ん」と思った。その道場のやつらが私につらく当たるのは、私がそのように特別扱いをされることに対しての妬みだと。それにしても考えにくい、大の大人、しかもそういう道徳を教える宗教に所属するものが、そんなことで、小姑、低学年の小学生みたいに、そんな他人のことをそのようなことで妬むか、抵抗して暴れてやつ当たりするか、というような低い行為になるのである。それらの行為がもし妬みから来るものであれば。

 まして宗教は、そういう低いことを咎める、人を憎んだり妬んだりするなと。だから自分の周囲の人間が仮になんらかの良い扱いや優遇を受けているからと言って、その相手を妬む、そしてその妬んだことをその腹いせに行動にする、という行為自体が、私は人間に属していないと判断する理由なのである。つまり自分以外の人が、優勢に、よく扱われる、会社で言えばリーダーに出世した、社長に気に入られている、だからと言ってそんなものは、本心のうちというか、心ある人間であれば、自分のうちに消化してしまえるものであり、いちいちそういうことで相手を妬み、相手のものを隠すとか、悪戯をするとか、そういうことをやる人間というものは、私は人間でないと思う。少なくとも20歳を過ぎているのにそういうことをやる人間というものは、もう人間でないじゃないかと思ってしまう。その低さがいわば、人間でなく、人間性のあるもののする行為でなく、動物ではないかと思えるからだ。

 

真意、つまり真相は何か

 

だが、その道場の人間における私への抵抗は、それだけが原因だとも言い切れない。つまりもっと深い部分で、もともとその道場の人間、つまり道場にいた人間と言うものは、その左翼であった。つまり共産党がいて政治を統合していろんな民間人までその傘下のようにして活動をさせている。そうしたときにその道場にいる人間と言うものは、何かその共産党系の何かの左翼に関与する人間で、それが故に右翼にコントロールされているとする私にそのように必要以上の抵抗や、妨害というものを引き起こしたのではないか、とも考えられるからだ。つまりはなっからその道場の人間は、その宗教そのものを内部的にコントロールしていこうとしている、つまりその宗教を内部から支配して信者をコントロールしてゆこうと言う、密かに左翼的な暗躍集団であった。つまりその宗教の教えを内部から破壊して、自分たちがその組織を乗っ取っていこう、統制していこう集団だった。だから右翼的な存在となっていた私に必要以上の抵抗を見せた。

 

 

不可解な現象と周囲は頂点を極める

 

その道場の人間が私に対する嫌がらせや抵抗とはどんなものか、もう例を出したら限りがない。例えば掃除のご奉仕、床を拭くと、したらそれをできないように床をカーペットに変える、建物の外の窓を、拭いている。そうするとブライントを落とす。窓を拭いているのに何でブラインドを落とさなきゃいけないのか?それであまりにもおかしいので聞いてみたら、本人は答えないがその横にいる人間が、「何か自分が掃除をされているようで嫌だ」と言うのである。つまり私が床を拭こうが窓を拭こうが、何か自分が拭かれている、つまり掃除されているようで、いやだと言うのが、彼らの主張なのである。だからそのような清掃のご奉仕はしなくてもいいと、さえ言ってくる。まったくその宗教では考えられない話である。その宗教では道場での日々のそのような清掃ご奉仕一つにしても、義の一つで、教団の内部の教えの一つにさえなっているからである。つまりそのような奉仕活動をしましょう、と言うのがその教団のあり方のひとつなのだ。それをその教団の幹部に属するようなものが、しなくてもいいと発言するとは何事かと、普通はそうなるだろう。

 自分が掃除をされているようで嫌だ、と言うことに関していっても、別に私が例えば床を拭いたからと言って、「お前を拭いている~」と思って、何か悪意や悪戯心があってそのようにしているわけでもない。にもかかわらず、私がそういう奉仕をしたら、非常に嫌がるのである。まったくわけのわからない構造性、属性(内面)である。

 そこにあるものは一切が、不純、悪、不浄、汚いである。つまりその行動の一切が。例えば私がそこの道場のリーダー的立場、青年部のリーダー、部長になったことがある。そして私がいろいろこうしよう、ああしよう、と言うことを決めてゆくわけである。何時に集まり、こういうことをするから、この人はこういうことをして、この人はこういうことをしようと、つまりこういう奉仕をしようと役割分担を与えたり、そのために朝何時に参拝するとか。一切取り決めてやるわけだが、皆わかりましたと言っている。それで実際とうの当日になると誰一人としてその取り決めの通りにしないということ。もう裏でグル、集団になっていて、一切、私のいうことを聞かないと言う体制を築いてしまっているのである。それで挙句の果てにはそのことで私が注意すればいい訳しかしないし、そんなものは誰がしてもいいじゃないか、ということで勝手に自分以外のものが、自分以外のものに指示を出して、その奉仕をしている。私の取り決めていた。だから話にならない、注意してもいい訳しかしない、子供の面倒を見なければ生けないから他の人に頼んだとか、一切がいい訳しかしない。それで注意したら、今度はその方面のトップ、指導部長であるがそれをつれてきて、巻き込んで、反対に自分を誤らせる。その自分との約束や取り決めを破る人間に対して、注意をしたお前が悪いと。まったくおかしいのである。そこにいる集団は。

 だから私がそれらの存在を突き止める結果、人間でないことまでわかり、もうそれらの存在は魔物であり、偽の人間として定義し、もう焼く以外ないガラクタだとするのはそのためである。カナーンなのである。

 

左翼は企業テロもしていた

 

だがそういうカナーン人がいる道場内部にあっても、いろいろな葛藤があるが、私は毎日のように道場にも参拝し、自分の食べる分は自分で買い、親とも離反した状態で、一人で自活して生きていた。その一人で生きる、ということは教団では非常に好ましいことであると、つまりいつまでも親に頼らず、自分で食う分は自分でまかなう。ご飯も洗濯も全部自分でやりなさいよ、それが自活、独立した大人であると。ところがその方面の指導部長は何を言うのか、もう合うたんびに、親の元にもどれ、帰れ、と言うことだけである。つまりなぜ、そんなことをいうのか、しきりに、つまり親とすでに手を組んでいるのである。つまり私を実家に帰らせたら、すかさず警察を巻き込んで、私を精神病院にぶち込むと言う迫害を考えているのである。私が一人でアパートにいると、結局警察も何もできない。彼らは左翼であり、警察もいわばその勢力である。つまり親の元に帰らせて、医療保護入院という手続きをとらないと、つまり親が自分の子供を精神病院にいれるという手初を取らないと、警察といえども突然私の住むアパートのし寄せてきて、私をそういう医療機関に入院させることはできない。だからその当時から、その道場に人間はとにかく私に早く家に帰れ、と言うことを言っていた。

 だからその指導部長というものも以下に狂っているか。というのは仮に精神病があったとしたら、その宗教ではそういう病気は医療機関ではなく、むしろその宗教の術のようなものでないすべきものだとある。薬というものは原則的に毒であるから、やむなきとき以外は用いるべからずと。つまりそういう宗教の教えもクソもないのである、そこにいる信者と言うのは。

 そしておかしいのは、そういう私にいろんな嫌がらせた抵抗をしてくるものが、その道場の人間ばかりでなく、私が新しく勤めていた工場でもそういうものがあるし、そこにも右翼と左翼の対立闘争、企業テロのような活動を行っているようなものまでおり、非常に私の周囲というものが普通でないのである。

 

 

 

拉致被害と迫害

 

私はカナーンは、それが右翼だろうが左翼だろうがカナーンは地球にいちゃいかん、これは人間を不幸にするだけの存在、病気にするだけの存在であるから、すぐに焼いてしまわないといけない、ゴミなんだ、生命体でも生物でもなんでもない、クズが変幻してる影、人間の形に過ぎないんだと言ってるのはその理由である。

 つまり右翼と言うのはただ単にそのように私を左翼と争わせてむしろ私を苦しめることや、最終的に私を弾圧することが目的であるし、左翼もやはりそれは人間種でない。

 まず私には確かにそのような得体の知れない存在が私を付回したりコントロールしようとしていた。そして私は実家に戻るわけであるが、つまりアパートを引き払ったとき、最大の迫害が起きた。裏切りである。私は道場で、会社(工場)でそういう行動をしているわけであるが、いかんせん私は一人暮らし。私がいかなる行動をしていようが、その行動を私の親が知るはずがないのである。第三者が私の親に何かを発現しない限りは。

 つまり私が道場で、工場で何をしようが、その行動というものを私の親が知る良しもない。じゃぁ道場や工場の人間は、私のいない実家に密かに何か連絡なりをしていたのであろうか。もしそうであっても、私はアパートに住んでいたときに、月1~2回、3回ほどはだいたい一度、自宅に帰っていた。車の洗車なり、することがあったからだ。だからもしそれらの私の行動的なものを、その工場や道場の人間なりが、密かに発言して苦情なりを言っているのであれば、そのときに親がそれらの話を持ち出しても不思議でないのだ。

 ところが私がいざ、アパートの賃金も支払うことができなくなり、自分の実家に戻ろうとしたとき、親と言っても以前と少しも様子は違わない。何か私に対して特別なことを言うわけでもない。しかし私にはその実家のほかに旧家(空き家 誰も住んでいない)があるが、そこで一晩眠ることにした。ただそのときでも、おかしいのはその以前はなかったうるさい音が、隣の家から響いてくるものであった。一切迫害しか起きていないのである、私の周囲には。それで次の日、まだ早い、寝ていると、親がその旧家に来た。ちょっと実家の方へ来てくれないかと、なんの用事かは知らない、寝ているときにである。それで大した用でもないのなら後にしてくれないかと、言っていた。ただその前日私は自分の母親とあっていて、特になんの変わった様子もないし、自分も特に何かしようというわけでもない。ただその旧家にあって、置いてあった台所にある包丁だけを、実家に持ってゆくというものだけだった。なぜ持っていくのかは知らない。

 ところがその次ぎの日、父親が来て、家から出てちょっと実家まで来てくれと言ってくる。それが寝ているときだから、ちょっとまって、後からにしてくれと言っていると、そのとき突然、見知らぬ他人が家に3名ほど入ってきて、警察です、と言って入ってきた。そこで突然親がそこに現れて、態度が一変して何を思っているのか、突然お前は病気だから、精神病院へ行くと言い出す。私はもう何がおきているのかさえもわからない、それくらい突拍子等肝を抜かれる現象である。

 一体なんの根拠があってこんなことをするのか、わけがわからないのである。それほど、親は、そういう前触れ、何のその、これからそういうことをやるとは思わせない態度を装っていたということ、さらに私が抵抗して暴れたときのために包丁まで実家に持ち運んでいると言うこと

。恐るべき迫害である。私は精神病院などには行くつもりは一つもない。ところが無理やりつれてゆこうとするわけで、行く気がない、行く気がないといっても、引き下がらない。それでその女の保険員か何か知らないが、では行くだけいきましょうよ、診てもらうだけ見てもらいましょうよ、と言う、つまり診断だけしてもらって、何もなければそのまままたここに戻ってきたらいいじゃない、見たいな事を言う。それであまりにもしつこいし、無理やり連れて行こうとするので、私も抵抗するが、最終的には無理やり抱え上げて、つかまして、拉致して無理やりワゴン車に押し込んで、人さらいのようにそこへ連れてゆくのである。

 これが私がカナーンがもう全部、この地球から消えないと駄目だと主張する理由である。私はそういう当時は、カナーンも何も知らない。そこにいるものは人間としか思ってない。しかし、そういう異常な行動までして人を迫害し、妨害する存在は何であるのかを、以後、追求してゆく結果、ここまでたどり着いているだけなのである。いずれにしてもこういう迫害を受けているので、私はその存在、カナーンを根絶やしにし、この地球から葬り去る必要性が在ると考えているのは、駄洒落でもなんでもない。本気だということ。

 

 

妨害の手口と謀略の残忍さ、魔物性

 

 だから私はカナーン、それが右翼だろうが左翼だろうがもう断じて持って許しておいてはいけない、いや生かしておいてはいけない魔物だ、魔物を生かしておくな、と言うのはそのためだ。まず医療保護入院と言う法律があるというが、その場合、だいたいが家庭内において、例えば子供が暴力を振るうとか、親に危害が出ると言う場合、親は強制的にその子供を精神病院に入院させることができると言う法律があるらしい。ところが私の場合、まったくそれに該当しない。つまり何がかというと、私は第一その自分、当時、その親とも生活をしていないし一人で暮している。一体何処に親になんの危害があったというのだろうか。また私の道場であるとか工場での行動についても、私は他人に暴力を振るい、何か怪我を負わせたとか、そういうこともまったくない。にもかかわらずなぜ、そういうことをしなければいけないのか。

 つまり医療保護入院と言うものは、子供が、親とともに生活をしており、子供が何か暴力的で、親に危害が出る場合に、そういう強制入院が成立するらしいのだが、親と私は2年も、3年も近く、一緒に住んでいないじゃないか。どうやってそんな危害が親にあったと言えるのだ。

 いずれにしても拉致のような状態で、その病院まで運ばれた私は、ただ診断してもらうだけなら、という考えてそこまで行った。私は自分で自分のことを病気、精神病だとは思っていない。精神病なんてものは、健全な生活さえしていれば、ならないものだと。私は別に病的でもなんでもない。そんなところへは行く必要もないし、生活するのに困っていることすらない。心身の上では健康体そのものである。

 ところがいざその病院へつくと、診てもらうだけと言っていたものが、いくと医師が出てきて、入院の必要性があるかどうか、それがあるかどうか、診て貰うというのだが、診るわけでもない、もう勝手に入院の必要性があると、道場での人間とのトラブル、工場でのトラブル、はい即入院、それでいや私は入院はしませんよ、と言うと、もう狂ったようになって突然眼の色を変えて、「そういうわけにはいかんのですよ」と言って、近くにいる保安官も私の体を押さえつけて、無理やり麻酔を打ち付けて、意識を奪っておいて、密室に密かに私を運び出していた。

 そこで私が意識のない間に、身体を拘束し、密室に監禁したのである。これはもう迫害にしても、このようなことは人の一生まで台無しにしているから、死刑しないといけない、こんな行為は。許されるものでないと考えている。

 

 

 

当時を今、冷静に振り返る

 

まず、明らかに言えることはそれらの実行は、あらかじめ事前に種々の関係者を巻き込み、共同し、事前に段取りと手はずを整え、計画的に私には内密で事を進められ実行されていたと言うこと。なぜなら、私はその医療保護入院となる前の日まで、実家にいないのである。親とはともに過ごしていないのである。ところが自分の住むアパートを引き払った直後、実家に戻るや否や、親がそのような行動をとった、行動に走ったと言えるからだ。つまり自分の家に住む息子が、なんらかの問題があり、親が自分の身にも危害が加えられそうであるから、とっさに警察なり医療機関、保健所などに連絡し、そのような手はずを取ったわけではないというここと。なぜなら、私が家に戻ってきてから、そのようなことが起こるのに、一日も経過していないからだ。またその間、時間があり、親と接する機会はあったわけであるが、別にそこときになにかあったわけでもなんでもない。口論もなければ、なにか自分のこと、生活のこと、いかなるトラブルもなく、いたって私も正常である。何も家に戻ったからといってするつもりはない。ただ預金が少ないので、新たな仕事を探さなければいけないと考えていただけである。ところが翌日に突然そのようなことが起こったのである。

 親の態度もどこかおかしいとか、あわただしいとか、私が実家に戻ることに対してなにか不足がある態度を示すわけでもないし、なにか拒もうとすることを発言するわけでもない。とにかく実家に戻ってきたら、預金が少ないのであればある程度は援助する。それくらいのことを言っていたのである。いかにそれがどきもを抜かれるような出来事か、つまり完全に私をはめ、騙し、計画的に実行されていたと言うことだ。

 

 

そもそも根拠が正等ではない

 

 

 つまり私が実家に戻ってきたのは、ついさっき、前日のことで、一体その24時間もたっていない間に、なんで一時も一緒に過ごしていない自分の息子を、そのような精神病院に無理やり入れようとするのであろうか。そこがまずおかしいと言うこと。

 つまり道場であるとか、それらの工場ではいろいろなトラブルがあったのは事実なのであろうが、そのトラブルについても、なぜ起こるのか、一つもそのそれを問題としない。他だ一方的に私が悪い、私に問題があるとなっていしまっていると言う点。そこもまずおかしいということ。私は他人に暴力を振るったこともない。むしろそういう道場や工場では私に暴力を振るうものがいた。そのような道場や工場における種々のトラブルを、もしその関係者が自分の実家であるところの親に連絡していたとしよう。つまりあなたの息子は、こうこうこういう理由で態度なり行動がおかしいと。もし仮にそうであるとしても、一方的なのである。つまりトラブルがあるということは、相手にも原因があるからトラブルになるわけである。私は何も無差別に他人を攻撃するような人間ではない。した試しもない。つまりトラブルがあるのであれば、相手にも原因がある。つまりトラブルとなってしまう原因である。だからもしそういうことを事前に家の親が聞いているのであれば、その親に連絡をいれる人間が、まずおかしいということ。つまり自分に原因があるにもかかわらず、いい変えれば簡単に言えば、誰かが人のものを盗んだ、それでそれが発覚して、盗まれた相手が何だこの野郎!と相手を怒鳴りつけたとする。それで口論、トラブルになったとしよう。その場合、原因はその盗んだ相手にあるわけで、怒鳴った相手にあるわけではない。ところがその盗むということを指しぬいて、その被害を受けた怒鳴った相手だけを一方的に問題しし、そういう強制入院という手口まで使って迫害していると言うことだ。つまりそれらのトラブルに対して一貫していることは、私は「まったく悪くない」ということ。

 だからその私を強制的に入院させたと言うそれらの集団は、一連してグルになっている左翼的な存在である。つまり本来であれば、そのトラブルの原因を作っているものを、問題とし、そっちをむしろ反対に警察は取り締まり、精神病院に入れるべきなのだ。ところがそれらの存在をまったく問題視にもせず、なんの落ち度もないし、ただただ私だけを問題として扱うと言うことは、それらの存在は、仲間、グル、と言うことにさえなってしまうのだ。